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慢性咳嗽オンライン 市民公開講座

知っていますか?
慢性咳嗽

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松本先生と笹川アナウンサーの写真
日時 2023年6月17日(土)17:30~18:00
司会 笹川 友里 さん
アナウンサー
演者 松本 久子 先生
近畿大学医学部呼吸器・アレルギー内科学教室 主任教授

8週間以上続く咳のことを、慢性咳嗽(まんせいがいそう)と呼びます1)。慢性咳嗽患者さんは国内に約300万人いると推計されており2)3)、長引く咳に悩まされている方は少なくありません。また、原因となる病気を治療しても咳が治まらない「難治性(なんちせい)の慢性咳嗽」の存在も問題となっています。
本講演では、「知っていますか?慢性咳嗽」をテーマとし、近畿大学医学部 呼吸器・アレルギー内科学教室主任教授の松本久子先生から、慢性咳嗽の原因や日常生活への影響、上手な付き合い方などをご紹介いただきました。


はじめに

笹川 「慢性咳嗽」という言葉は今回初めて聞いたのですが、私の身の回りでも「風邪ではない」といいながら、ここ2年ほどずっと咳をして、苦しそうな人をみており、身近な病気であると気づかされました。本日は、慢性咳嗽に関する知識を深めたいと思います。それでは、松本先生、よろしくお願いします。

笹川 友里 さん
笹川 友里 さん

8週間以上続く咳は慢性咳嗽

松本 咳は、本来、痰(たん)や異物を出すための反射として重要な役割を果たしています4)。しかし、新型コロナウイルス感染症が流行してから、公共の場で咳をすることに対する目が厳しくなり、ぜん息など咳を症状とする疾患を持つ患者さんたちは、今まで以上に人目を気にすることが多くなったと思います。
 一般的に咳は続いている期間によって3つに分類されています1)。咳の期間が3週間未満のものを急性咳嗽、3~8週間のものを遷延性(せんえんせい)咳嗽、8週間以上のものを慢性咳嗽と呼びます。急性咳嗽はほとんどが風邪などの感染症によるものですが、慢性咳嗽は感染症以外に様々な原因があると考えられます1)。本日は、この慢性咳嗽、長引く咳に注目してお話しいたします。

松本 久子 先生
松本 久子 先生

わが国の慢性咳嗽患者さんは約300万人。
日常生活への影響も

 2019年に実施された咳に関するインターネット調査では、20歳以上の一般人口のうち8週間以上咳が続いている割合は2.89%で2)、わが国に約300万人の患者さんがいると推計されています(図1 慢性咳嗽患者さんの実態2)3)。これは、大阪市の人口よりも多い人数です(2023年7月時点)。さらに、そのうち、医師に相談したことがある方は44%と半数に満たないこと、相談・治療をしたにもかかわらず満足できなかった、いわゆる「難治性の慢性咳嗽」の方は16%を占めることもわかりました2)。また、滋賀県長浜市民を対象とした疫学調査では、3週間以上咳が続く方の割合は、ぜん息がある集団で約30%、ぜん息がない集団でも約10%でした5)。長引く咳の背景にはぜん息があると考えがちですが、ぜん息がなくても約10人に1人の方が長引く咳に悩まされていることがわかりました。

 世界に目を向けてみても、慢性咳嗽は決して日本特有の問題ではなく、各国で多くの方が長引く咳に悩まされています。国別の有病率をまとめた報告では、欧米を中心に10%以上の国が散見されました6)。また、ヨーロッパにおける別のインターネット調査では、慢性咳嗽患者さんの20%は、10年以上咳が続いていたという結果もあります7)
 慢性咳嗽は、社会生活の制限や労働生産性の低下8)9)、心理的負担8)10)、睡眠障害8)などを引き起こし、日常生活に様々な影響を及ぼすことがわかっています。2012年の報告9)ですが、国内の慢性咳嗽患者さんに、日常生活で咳が問題となることは何かを調査した結果、「人前で咳をすることを恥ずかしく感じる」、「他人に迷惑をかける」、「会話が困難」、「夜間・睡眠中の覚醒」、「仕事・家事・学習に集中できない」との回答が上位を占めました(図2 日常生活におけるせきによる困りごと)。また、特に女性では、咳に伴う「腹圧性尿失禁」に対する悩みが多くみられました。注目したいのは「車の運転が困難」という回答です。日本では聞き慣れないと思いますが、たとえばイギリスでは咳が続くあまり失神してしまう「咳失神」が社会的に認知されています。咳失神を起こせば、交通事故につながるおそれがあるため、イギリス運輸省は、普通車では咳失神を一度でも起こせば6ヵ月間の運転禁止、トラックやバスでは最後の咳失神から5年間の運転禁止としています。
 このように、慢性咳嗽は患者さん自身の問題にとどまらず、社会的な問題、損失となることも考えられますので、「たかが咳」と放置せず適切に対処・治療することが大切です。

長引く咳の原因となる病気は様々である

 慢性咳嗽の原因となる病気は、多岐にわたります。時には、肺がんや結核、間質性肺炎といった重大な病気が見つかることもあります。咳が長引く方には、医療機関を受診し、必要に応じて胸のレントゲン撮影や痰の検査を受けていただきたいと思います。
 重大な病気ではない場合の咳の原因としては、咳ぜん息、のどのイガイガ感があるアトピー咳嗽、鼻炎や副鼻腔炎、胃食道逆流症などが考えられます。そのほか、薬や喫煙、睡眠時無呼吸症候群などが原因となることがあります。
 慢性咳嗽の原因となる代表的な病気について、以下に解説します。

咳ぜん息
 咳ぜん息は、慢性咳嗽の原因としてよくみられる病気で、ゼーゼー・ヒューヒューといった呼吸音がなく、咳のみを症状とするぜん息のことです。睡眠中に咳で目が覚め、呼吸音が聞こえない場合は、咳ぜん息の可能性を疑います。
鼻炎・副鼻腔炎(蓄のう症)による後鼻漏(こうびろう)
 鼻炎や副鼻腔炎によって、鼻水がのどの奥に落ちてくる「後鼻漏」が原因で咳が続くこともあります。後鼻漏がある患者さんの多くが「痰が絡む」と訴えられますが、痰は気管支から上がってくる分泌物ですので、医師には「鼻の奥から落ちてくる」と伝えていただくと診断が容易になります。
胃食道逆流症
 あまり知られていませんが、胃食道逆流症も長引く咳の原因として重要な病気です。逆流した胃酸や胃の内容物がのどや気管を直接刺激したり、食道から神経を通って刺激が伝わったりして、咳が出てしまうことがあります。
 胃食道逆流症は、生活習慣とのかかわりが強く、生活面では腹部の締め付けや前屈姿勢、肥満、喫煙など、食事面では食べすぎや就寝前の食事、チョコレート、コーヒー、炭酸飲料の摂りすぎなどが、胃食道逆流症を発症、悪化させる要因となります。

 このように、慢性咳嗽の原因は様々なものが考えられます。


文献
1) 日本呼吸器学会, 咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019. メディカルレビュー社.
2) Tobe K, et al. BMJ Open Resp Res. 2021; 8(1): e000832.【利益相反】著者のうち7名がMSD社の社員である
3) 厚生労働省 令和元年 (2019) 人口動態統計
4) Chung KF, et al. Lancet. 2008; 371(9621): 1364-74.
5) Matsumoto H, et al. Ann Am Thorac Soc. 2017; 14(5): 698-705.
6) Song WJ, et al. Eur Respir J. 2015; 45(5): 1479-81.
7) Chamberlain SAF, et al. Lung 2015; 193(3): 401-08.
8) Kubo T, et al. BMJ Open Resp Res. 2021; 8(1): e000764.【利益相反】著者のうち7名がMSD社の社員である
9) Fujimura M, et al. Allergol Int. 2012; 61(4): 573-81.
10) Sohn KH, et al. Korean J Intern Med. 2019; 34(6): 1363-71.